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福岡高等裁判所 昭和25年(う)1277号 判決 1950年12月28日

控訴人 被告人 山浦幸男 弁護人 児玉啓太郎

検察官 納富恒憲関与

主文

原判決を破棄する。

本件を長崎地方裁判所に送戻す。

理由

弁護人児玉啓太郎及び被告人の控訴趣意は末尾に添附する控訴趣意書に記載するとおりである。

職権を以て調査するに、原判決は「被告人は長崎県北松浦郡獅子村獅子免千十四番地に於て、その父山浦治助と同居して治助の耕作名義となつている田五反三畝二十八歩を治助が予て老令且病弱で耕作不能であるため自己に於て其農業経営一切を支配しておる米穀の生産者である。従つて治助名義を以て割当てられた米穀を供出すべき義務を負ふものであるところ、昭和二十三年十一月二十七日同村長より治助名義の下に昭和二十三年度産米三石二斗五合を政府に売渡すべき旨の供出割当を受けながら、右割当量は不公平であると称して其内米二石を供出期限である昭和二十四年三月三十一日迄に政府に売渡さなかつた」旨を認定し、これを食糧管理法第三条第一項、第三十三条第一項の罪に問擬処断した。ところで食糧管理法第三条第一項に所謂米麦等の生産者とは名義の如何を問わず事実上生産主体となつて米麦等の生産をなす者をいうのであるから、かような生産者は同条項に基き命令の定むるところによりその生産した米麦等にして命令を以て定むるものを政府に売渡す義務があるのである。しかし同法に基く食糧管理法施行規則第十四条又は第十五条の規定によれば、米麦等の生産者は同規則第三条の規定により都道府県知事が定めて所定の方式により公示した売渡の時期までに、その生産した米麦等で食糧確保臨時措置法第七条第一項の規定により市長村長より指示を受けた農業計画に定める供出量に相当するものを、指定業者に登録した生産者にあつては、当該指定業者に対し政府に売渡すべき旨の委託をなし、指定業者に登録しない生産者にあつては政府に売渡さなければならない。又食糧確保臨時措置法第七条の規定によれば、市町村長が同法第五条第一項の規定によつて定めた生産者別の農業計画について、法定の期間内に異議の申立がないとき又はその異議に対し決定をしたときは、市町村長は当該農業計画に係る生産者に対し当該農業計画を指示しなければならないのであつて、この指示がなかつたときは、前指示に係る農業計画に定められた米麦等の供出数量を以つてその指示を受けた者が食糧管理法第三条第一項の規定により政府に売渡すべき数量とするのである。これによつてこれを観れば、市町村長はその定めた生産者別の農業計画を該生産者に指示しなければ、該生産者の供出義務は具体的に発生しないものといわなければならない。従つてたとい所定の時期までに供出しなかつたとしても食糧管理法第三条第一項の供出違反の罪を構成しないことは勿論である。しかるに原判決は前示のとおり、昭和二十三年十一月二十七日獅子村長より被告人の父治助名義の下に昭和二十三年度産米三石二斗五合を政府に売渡すべき旨の供出割当を受けた旨を判示するに止り、被告人に対し同村長より同年度の供出割当すなわち農業計画を指示したことは判文上明でない。或は原判決は父治助名義でなされた供出割当の指示は、事実上の生産者たる被告人に対しなされたと同様の効力があるという見解に出たものかも知れないが、もしそうだとすればこの見解は不当である。ただし治助名義でなされた供出割当の指示は治助に対するものというの外はないのであつて、たとい治助と被告人が同居の親子であり、治助名義の田地について被告人が事実上の生産者であつても、治助に対する行政上の指示を以つて被告人に対する指示と同視すべきものではない。殊にその指示の如何が供出の具体的義務の存否、従つて供出違反の罪の成否というような法律上重大な結果を左右することに鑑みれば、右の見解は到底これを是認することができない。これを要するに原判決は食糧管理法第三条第一項違反の罪を判示するについて理由不備の違法があるから破棄を免れない。

よつて論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百七十八条第四号前段に則つて原判決を破棄し、且つ本件は当裁判所において直ちに判決するに適しないから、同法第四百条本文に従つてこれを長崎地方裁判所に差戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷本寛 判事 竹下利之右衛門 判事 秦亘)

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